【Elysion】『Yield』(2)――首を刈られたのは何人?
 Yieldの歌詞中で誰かが首を刈られたことが暗示されているものの、解っているのは「3-1+1-2」という数式のみ。「問題となるのは個の性質ではなく 唯...記号としての数量」と言われても、やはり誰が首を刈られたのかは気になります。
 ということで、今回はまず「首を刈られたのは一体何人か?」をまず考え、次に「首を刈られたのは一体誰か?」について考えてみようと思います。一度に全部書くと長くなるので、今回は「何人か?」の方だけで。
 それでは、考察という名の可能性の列挙を始めましょうか。



 前もって断っておきますが、今回の考察で手がかりとするのは歌詞――「3-1+1-2」という数式等――のみです。ジャケ絵や効果音は考察対象としません。何故ならそれらは「そういう風に見える」、「そういう風に聞こえる」というとても曖昧な物だからです。ただでさえこの考察自体が曖昧さに満ち溢れているので、そこに更なる曖昧さを加えることはしないようにしたいと思います。おそらく別の考察においてもこの考えで行くと思います。

 では「首を刈られたのは一体何人か?」について考えてみましょう。
 その手がかりとなるのは、やはり例の数式――「3-1+1-2」でしょう。いちいち書いてると面倒なので、以降は「3-1+1-2」を数式と呼ぶことにします。
 数式では、「1」と「2」がそれぞれ引かれています。
 「引かれる」=「刈られる」であると仮定すれば、ここで二つの可能性、つまり
 1.引かれたのは「1」=首を刈られたのは一人
 2.引かれたのは「2」=首を刈られたのは二人
 が生じます。これらの可能性を否定するような箇所も特にないので、どちらもありえると思います。
 また、「1」も「2」も同じ意味で引かれたのだとすれば、これらを足し合わせることでさらにもう一つの可能性、
 3.引かれたのは「1」と「2」=首を刈られたのは三人
 も生じます。これでも数式はちゃんと成り立つので、無くは無いかと。

 ところで、今までは「引かれる」=「刈られる」という前提で話を進めてきましたが、もし「引かれる」≠「刈られる」であったのならば、このような可能性も生じます。
 4.誰も首を刈られなかった
 ライブDVDを見て4.を思いついたのですが(ライブのYieldでは3つの林檎が登場した。Baroqueでは首を使っていたのに……)、自分で言っておきながらこれはちょっとありえないなぁと思っています。それはなぜか。
 もし本当に4.であったならば――Yieldにおける「私」が誰も殺していないのならば、アビスから「エリス候補」として選ばれたり、楽園パレードに参加したりする資格がなくなってしまうのではないかと思うからです。
 まだエリス候補や楽園パレードに対する考察を十分に行っていないので確かだとは言えませんが、そのどちらにおいても「殺人」という行為は不可欠だと考えています。なので、4.はちょっと無理かなぁと。

 一応、
 5.首を刈られたのは四人以上
 についても考えてみましたが、これは4.以上に無理がありすぎます。歌詞にそういうのを臭わせるところがありませんし、それじゃ数式の意味がなくなってしまいます。
 まぁ、大量虐殺はSacrificeの専売特許ということで。

 ということで、刈られた人数に対する考察終了。次回は1.~3.の三つの可能性の中で、それぞれ誰が刈られたのかを考えていきましょう。

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by lyricist_m | 2006-06-08 10:26 | SH考察
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